■鈴木悟監督は就任3年目で初の甲子園「前理事長の思いを胸に刻んで…」
3月18日から開幕する第97回選抜高校野球大会(通称センバツ、甲子園)に懐かしい高校が帰ってくる。柳ヶ浦(大分)は、山口俊投手(元巨人など)を擁して出場した2005年以来、20年ぶり3度目の出場。2022年からチームを率いて3年で聖地へと導いたのは、かつて関東学院大で指揮官を務めていた鈴木聡監督だ。
「もちろん伝統のある学校で、諸先輩方が今まで凄い成績を残されてきたというのは知っていました。私も高校野球の指導はほとんど初めての経験です。部長やコーチの方が一生懸命やってくれて、柳ヶ浦のいいところと、もうちょっと改善しないといけないところをすり合わせてやってきました」
就任当初から、プレー面よりも私生活から立て直しを図っていった。「いい加減なことをやったら、いい加減な力しかつかない」という指導の下、履き物を揃える、自転車を綺麗に並べる、使った椅子を机の下に収めるなど、日常生活で当たり前にやればできることを口酸っぱく言い続けた。
そういった日頃のささいな「気づき」は、野球のプレー面で好影響を及ぼす。昨秋の大分県大会決勝で、大分の絶対王者として君臨する明豊に破れはしたものの、延長10回タイブレークで2対3と接戦を演じ準優勝。九州大会でも龍谷(佐賀)に5対3、育徳館(福岡)に3対0と競り勝ち、センバツ出場の目安となるベスト4入りを果たした。
オールドファンに馴染みがあるのは、胸部分に「Yanako」の文字が斜めに刺繍された縦縞のユニホームだろう。1976年夏の甲子園初出場時は、白無地で左胸に朱色で「柳ヶ浦」と書かれたユニホームだったが、1980年代後半に縦縞へと変更。その後、1994年夏の甲子園ではベスト4、2004年の神宮大会では優勝するなど、大分県内はもとより、九州や全国中にその名をはせた。
ただ、鈴木監督の就任時は、長らく聖地から離れた「古豪」になっていた。そこで、ユニホームの胸文字を漢字表記の「柳ヶ浦」に変更。書道が好きだった前理事長の今永妙子氏が退任する際、校名の毛筆を依頼し、流れるような達筆をそのまま胸文字に採用した。
「前理事長の思いを胸に刻んで頑張ろうということで書いてもらいました。あと、『Yanako』というのが、この辺りでは認知されているのですが、全国的に見て、違う高校さんと間違えられたり、『ヤナコ』と読まれたりすることもあると聞いたものですから、じゃあ思い切って漢字にしようか、ということで変更しました」
ユニホームが変わっても、先人たちが紡いできた歴史や伝統が変わることはない。田原光太郎主将は「甲子園では柳ヶ浦らしく、泥臭いプレーで最後まで諦めずに戦いたいです」と力強く言い放った。学校側もクラウドファンディングプロジェクトを立ち上げ、野球部の20年ぶり夢舞台を全面的にサポートする。「新生・柳ヶ浦」の戦いぶりに注目だ。