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神宮球場
東京六大学にもかつて神宮を沸かせた「二刀流」がいた

 東京六大学リーグは第4週を終え、明大が勝ち点3で首位に立った。1日に東大と2回戦を行った慶大は最速146キロ右腕の谷村然投手(4年、桐光学園)が決勝2ランを含む全3打点を挙げ、リーグ戦初勝利を3安打完封で飾った。

 最上級生となった今春にリーグ戦デビューを飾り、5試合目の登板でようやくつかんだ初白星は、まさに打って投げての一人舞台。7回にも適時二塁打を放つなど、打者としても存在感を示した。

 近年は大谷翔平(エンゼルス)の活躍で、もはや一般的となった「二刀流」だが、東京六大学でも投打で活躍した選手が多くいた。

 早大で1994年、第84代主将を務めた織田淳哉(日向)は、リーグ戦74試合に登板して33勝(26敗)、打者としても中軸を任されることもあり、当時としては珍しかった「主将・投手・4番」も経験。登板しない際は一塁手で出場し、投手登録としてはリーグ最多の9本塁打をマークするなど、長打力にも定評があった。

 織田は1994年ドラフトで逆指名した巨人に入団。即戦力投手として期待されたが、1年目に16試合に登板したのみで、捕手や一塁手へのコンバート、そして投手へ再転向した後、1999年シーズン後に戦力外通告を受け引退した。もし当時、二刀流で入団という選択があれば、野手として開花していたかもしれない。

 早大後輩の大石達也(福岡大大濠)も入学当初は遊撃として評価されたが、本人が投手を希望したため、野手での登録を断念。斎藤佑樹(早稲田実)や福井優也と3本柱を形成し、通算60試合に登板して10勝を挙げた。

 ただ、野手としてのセンスも抜群で、遊撃でリーグ戦に出場したこともあり、本塁打こそないものの、45打数13安打、打率.289の成績を残している。大石は2010年ドラフトで6球団競合の末、西武に入団も、大学時代にマークした最速155キロの直球は右肩痛の影響もあって鳴りを潜め、現役7年間でわずか5勝に終わった。

 明大の岡大海(倉敷商)も投手として俊足の外野手としてリーグ戦通算59安打3本塁打、打率.317、11盗塁と好成績を残す一方、強肩を武器として最速152キロの直球も魅力的で、19試合に登板して3勝(3敗)を挙げた。2013年ドラフト3位で日本ハムに入団後は野手に専念し、現在はロッテで活躍している。

 巨人やヤンキースなどで活躍した松井秀喜さんは4月28日に行われた講演で二刀流について問われると、「今まで何でその発想がなかったのか。両方できた選手もいたと思う。巨人の先輩でいえば、桑田真澄さん、斎藤雅樹さん。そこは、ある意味、野球界の怠慢だったと思う」と指摘した。

 もし大谷の出現が数十年早ければ、可能性が大きく広がった選手も中にはいたのかもしれない。大学球界でも主流となったDH制が採用されていない東京六大学リーグだからこそ、二刀流選手を育む土壌はあると信じてやまない。

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